vol.14の1
人類[サル目(霊長類)ヒト科]というものは、、、 |
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Hurricane Occor(ハリケーン発生)
今年8月24日朝、熱帯性暴風『カトリーナ』と名付けられたハリケーンが、翌25日フロリダ半島に上陸。その後いったんメキシコ湾に抜け、29日ルイジアナ州に再上陸。28日の時点で大統領はルイジアナ州に非常事態宣言。ニューオリンズ市は48万の市民に避難命令を発令した。 8月30日、ニューオリンズは8割が水没したとの報道。『カトリーナ』はその後カナダ南部に達し、前線の一部となる。日本の台風の基準の中『強い』、『非常に強い』、『猛烈な』の中『猛烈な』の部類に属す。ちなみに日本ではその部類に入るものは未だ上陸経験は無し。 After Hurricane,,,,(そしてその後、、、) 死者___人(__日時点)。避難所、市内での強奪、レイプ、救援車への狙撃など無法地帯となり、『人災』が多発する。感染性胃腸炎が集団発生するといった『二次災害』も発生する。 当初、米大統領はテレビのインタビューの中で『米国は自分の面倒は自分で見られる。』と述べたが、その後、支援を受け入れると表明した。その総額は10億ドルに上回り、約49カ国の支援を受け入れている。 現在、原油価格の高騰、穀物への影響、被災者の生活など様々な問題が起きている。傷口は、、、深い。 ーーーー『フリー百科事典wikipedia』参照ーーーー 、、、と、資料を片手に書き始めていたのだが、どうも私はいつの間にやら自分が意図していたものから少しずれてきているようだ。はて?私は何を残したく、この文章を書きはじめたのでのだったろう、、、、 この災害を知った数日後、私はジムのトレーナーであるマイクとそのことについて、少しばかり長く話をした。そうだ、このときが”はじめ”であったように思う。
1."U.S government doesn't care about poor people."
(アメリカの政府は貧乏人を気にしない。) 私は彼にこの災害についてどう思うか、聞いた。 「最悪だ。アメリカの政府は貧乏人を気にしないんだ。(それでは貧乏人は政治を気にしているのか?と聞き返そうと思ったが、揚げ足を取っているようであり、また自分の首を自ら絞めるようなものなので,やめた。)信じられるか?ハリケーンが来るのは何日も前から分かっていたんだぞ。あいつら避難命令はすぐ出しても、アーミーやポリスはすぐ出さなかった。避難命令だって、車や、金が無ければどうすることもできないもんだった。貧乏人が残ることは分かっていたんだ。」 事実、今回アメリカ政府にはその対応遅さに批判が相次ぎ、大統領が休暇中のテキサスの牧場から声明を発表していたこと、ルイジアナの州兵3分の1が、イラクに送られていたのも、避難という火に油を注いだようだ。やがてその火は次々と他の問題へと燃え移っていゆく、、、、 「結局は貧しい奴とは黒人のことなんだよ、ここでは、、、」 大きなため息を一つついて、彼はそう呟いた。 「そりゃ、だいたいのスパニッシュも、チャイニーズもそんなに裕福な訳じゃない、俺たちと似たようなもんだ。しかしあいつらのいっている貧乏人とは、俺たちのことなんだよ。そう黒人のことなんだ。政府は白人で占められているし、政治は奴らが決める。今のこの国ができつつあった頃と比べれば俺たちの扱いは変わった、しかし、結局は同じなんだ。奴らが決め、俺たちが従う、、、、差別、、そう、政治の中には差別がある。とてもハードだし、難しい問題だ。今回の災害で、それは関係がないと言う奴らも沢山いるのも知っている。だけど、俺たちにとってはそれでもこれは人種差別なんだ、、、」 確かにそれは存在するのだろう。しかしそれが全てではないし、やはり私も人種差別というものがこの災害にそこまで大きな影を落としているとは思えないのだ。彼の落とす影、、、言葉の影、その色は違うものであり、より深い、ように思える。またなにより妙なことは、彼も、マイク自身もどこかでそうだとは思っていないように(または、おもいたくはないように)感じられるのだ。 それでは彼の落とした言葉の影、あるいはため息、それはなんだったのだろう、、、、、、あれは彼の『記憶』であり、そして彼等の歴史だったのかもしれない。
2.消せない記憶
マイクは幼少の頃の話を少し私に語った。そこには多くの黒人の子供と同じように、すでに作り固められたイメージ、その通りの環境、その通りの大人、答えの分からぬ疑問に、悲しみ、怒り、人種差別を覚えたのかもしれない。 まだ彼が4、5歳の頃、彼の母は彼女の見たことをそのまま彼に伝えた。彼女の見たものとは彼女の母、すなわちマイクの祖母の背中だった。そこには黒人達の確かな、長く、苦しい(本来ならば2言、3言では足りないのだろうが、)歴史の傷跡、鞭の跡が残っていた。さらに言えばそれは彼女達の足跡とはならなかった、そう、未来へと続く、、、マイクには何故そのようなことが祖母の身に起きたのか分からなかった(彼等もはじめは何も知らず成長していくのだ。)。彼の母はその話で、自分達の意味を彼に伝えたかったのかもしれない。自分達の生きてきた、そして生きていくその意味を、、、黒人であるということを、、、 その頃、マイクはカンフー,空手、とりわけマーシャルアールに興味を持ち始めていた。そこで彼は考えた。どうすればそれらを身につけることができるのか、そして思いついたのがチャイナタウンだった。ブルックリンの彼の家からは歩いても有に4時間はかかる場所であった。それでも彼は興奮と期待を胸に、歩き始めた。そしてようやくチャイナタウンにある一軒の道場へと着いた。そこで彼を待っていたのは、理由も言われること無く追い出さるという悲しい経験だった。 その夜、彼はずっと、ずっと泣き続けた。それは絶望であり、悲哀であった(決して大げさな言葉ではない。この時期の子供は、その一瞬、一瞬が全てであり、またそれは消えることがない。)、しかし何よりつらかったのは“なんで?”という大きな疑問であった。涙を拭う彼の腕は濡れ、月光に照らされ黒く、きれいに輝いていた、、、 2、消えない記憶、つづく――――
(文と写真:中屋 一生)
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