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ジムのそばの風景
vol.1
はじめに
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以前、会報のカンペオンの中に「 力の源 」という文章を少しの間書いていた。その中で最後の回に書いていたとおりに、今、私はニューヨークに住んでいる。日本を発ってからはや、半年以上が過ぎた。こっちに来るに当たって、昔に留学の経験のある知人達にいろいろな事を聞いた。生活や、学校の事など来る以前に聞いておいてよかったと思うことがたくさんあったが、皆が口をそろえるように同じ事いっていたのを今、私も思い出し、感じている。それは「 時は自分が考えているより、あっという間に過ぎていく 」という事だ。ある人は過ごした時を今に生かし、またある人は過ぎたときに少しの後悔をしていた。果たして現在の自分はそのどちらに立っているのだろう。多分今の私はその真ん中にちょうどいる。
去年の10月中頃、私はニューヨークの地に足を踏み入れた。その後、知人の家に泊まり、ジムと学校に通い始め、アパートを見つけ、一度の引越しと、一度の学校変更を経て現在にいたる。アルバイトをしようとは思っているのだが、学校の予定が思うように取れなかった事もあり、今だ働いていない。こちらの生活、英語に慣れるま で半年は働かないでも大丈夫なように。そう思い、日本でためた貯金で生活しているが、その時はもうすでに過ぎてしまった。この半年を振り返り、時がたつ早さを感じたのは、ここに来てからの色々な経験や出会いからではなく、実のところ残りすくなくなっている、蓄えを考えをているうちに気付いたことだった。 思いのほか、ニューヨークの生活は想像していたものと比べ、実に単調で、ジムと学校、そして家の間で繰り返される日々になっていた。もっと自分から歩き、積極的に色々な物を見に行ったりすればまた毎週違ってくるのだろうが、もともと観光という物にあまり興味を示した事が今までなく、それはこの地でも変わらなかった。行くとしたら美術館ぐらいで、いまだに自由の女神を見たこともなければ、セントラルパークに入ったこともない。した事といえば、地下鉄に乗り、食べ物を食べたこと(こちらでは地下鉄でポテトチップスや果物、ファーストフード、ごくたまに弁当のようなものまで食べている。車内には日本では考えられない飲食禁止の掲示が書かれている。 )ぐらいだ。しかしそんな単調な日々を過ごしている私でも、ニューヨークらしい出来事も時にある。それはそれぞれの目指すものを持ち、その世界に飛びこんでいる私と同じ若い日本人達に出会ったときだった。またそれはこの地を選んだときの私の大きな理由のひとつでもあった。 私は今回出会いや今までそして、これから起きる出来事を自分の糧として文に綴ることが出来ればと思いこのコラムの主題を「 Spiritual nourishment 」(心の糧)としました。これから書き続けるであろうこのコラムは私の考え、感じたことを中心に書いていこうと決めたため、今回のようにボクシングの話が一度もでないことも多々あるかもしれないのですが、そのことを承知の上で読んでいただければ私も幸いに思います。それではまた次回。
(文と写真:中屋 一生)
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