vol.11
捧げた左腕
 つい先日学校の契約が切れ、私は今、新しい学校を探している。いままで通っていた学校はメディカルアシスタントやコンピューターの資格を得るため、そのコースの一科目として英語のクラスを受けているものが殆どであった。そのため回りの生徒はすでに英語を使う仕事をしていて、ここへは自分のキャリアアップのためであった。授業は皆マジメに受け、欠席する事も少なかった。

 私は週五日、二つクラスを受けていた。回りには15カ国以上のクラスメイトがいて、大きく分けてチャイニーズ、スパニッシュ、ロシアンなどがいたが、幸運な事にこの学校には日本人が一人もいなかったため、私は一度も日本語を使う事がなかった。

 女の生徒は多く、その殆どが既婚者、子供持ちで数人がシングルマザーであった。ドミニカ出身のイボンという肉付きの良い褐色の肌の彼女は、まだわずか19歳だというのに2歳になる息子がいて、親や夫に面倒を見てもらいながら学校、仕事へ通っていた。ダイアナというとても美しいロシアンの彼女は、スラリとモデルのように背が高く、栗色の髪と深みのある声を持っていた。彼女はクラスの男を皆、虜にしていた。非常に落ち着いていて私と年齢が1つしか違わないとはとても思えなかった。聞けば彼女は結婚をしていて、国にはなんと9歳になる娘もいるらしい。ニューヨークへは夫と共に仕事で来ていて、いつかは戻るらしい。娘の写真を見せてもらったのだが、とても彼女に似ていて、姉妹のようだった。

 夕方から始まるクラスを私は受けていた。その中で気付いた事が、皆、誰もが英語を喋れるのに対し、文法のほうは私とレベルがそんなに変わらないという事だった。どこかで聞いたことがあるのだが、日本人は読んで英語を覚え、他の外国の者は聞いて英語を覚えてゆく傾向があるらしい。私達が英語を聞いて分からないのは発音ではなく、どんな文を喋っているのかという事である。事前に喋る事の文を知っていれば聞き取る事はそんなに難しくはない。そして聞き取る事ができれば、後は自分でその言葉を使ってみるのだ、と、思ってはいるのだが、私はまだ文を読んでいる段階なので、その先の感覚はまだ分からないのである。

 彼らは朝から仕事をし、そして学校にやってくる。それは将来の安定した生活のためだ。お互いをよく知り合うほど深く話をしたことはなかったが、彼らから時に感じたものは自国への誇りや落胆、思いのようなものだった。

 クラスで宗教についてや政治についてしばし火花を散らしているときがあった。そんなときには決まって地域、国同士で意見が分かれた。そんな時私はただただ黙って見ているだけだった。そんなときに自分の国の歴史に対する興味の薄さ、政治への理解不足、そんなことが恥ずかしく今ごろ感じるのであった。

 プエルト・リコ出身のエドゥという筋骨隆々とした体型の男が、左腕に自国の国旗のタトゥーを彫っていた。私は彼に訊いた。
 「何故それを彫ったんだい?」
 「何故かって?それは俺が本当に自分の国を愛しているからだ。しかし俺はそれを捨ててしまったんだ。だから俺は自分の体の一部を国に捧げたんだよ。」

 シャツを捲り上げ、力こぶを作るようにして彼はそのタトゥーを擦った。左腕は彼の利き腕だった。

               (文と写真:中屋 一生)



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