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約一年半にしてようやく初のアマの試合に出場することが決まった私。求め、恐れ続けてきたその時が刻、一刻と近づいてきた。私のトレーナー、マイクに言われたとおり、私はナンバー8カードが始まると同時に、リングから離れた場所でストレッチをし、体を温め始めた、、。
ストレッチからシャドーに移る頃、私は何か奇妙な落ち着きの中にいた。身体の熱、冷めた頭、人々の声、 どれでもない無の世界。私は自分自身をみつめる私をいまだ捕まえる事が出来ずにいた。
そこに緊張と呼べるものはなかった。あるのは離れた体と心。私と私。
「いいか、リラックスをするんだ。あまり激しく動くんじゃないぞ。」
シャドーをしている私の側でマイクが静かに言った。
「OK」
私も静かに答えた。
その後も彼は私のシャドーをジッと見つめていた。
「ガードを下げてはだめだぞ!」 「むやみに動くな!」
時折、言葉を投げかける。
リングの方ではNo.10カードの試合が終わりのゴングを告げていた。
「よし!来るんだ。」
私は頷き、彼の傍らに近づいた。
「ガードを固め、相手をよくみるんだ。ラッシュはしてはいけないぞ。落ち着いてジャブから左へ回るんだ。」
言われたことはいつもの練習のときとなにも変わらなかった。
前の試合の判定が下り、今リングは主を失った。そして観客の間から私はマイクと共にリングへと向かった。
落ち着いている、しかし現実味があまりない。、、、何かが足りない、、、と、いうことだけは感じていた。しかしこの時は答えはあの上にある。そう信じ、私はリングへと駆け上がった。
相手はなかなか現れなかった。まさか、ここまで来て何かアクシデントが起きたのではないか?リングの上ではマイクを持ったMCが相手選手を促している。何分経ったのかは解らなかった。しかしすごく長く感じた。観客もざわめき始めたころ、ようやく相手が走ってリングへやってきた。背は私の方が幾分高い。細くはないが驚くほどの筋肉がある分けでもなかった。
MCが相手の名を呼んだ後に私を呼んだ。
「ブルーコーナー、フロム ジャパン、アンド、NY、ブルックリン、グリーソンズジム、、イッサイ ナカヤ!!」
私は手を上げ四方に答えた。
レフェリーが私達をリング中央へと集めた。近づく相手のヘッドギアの中からはまだ幼さの残る顔が覗いていた。プエルトリカンだった。相手に硬さは感じられない。それなりに経験は積んでいるようだ。軽いルールの確認。私は相手の目を見なかった。なぜかはわからない。その後グローブを合わせ、お互いコーナーへ戻った。
「リラックスだぞいいな。」
ゴングが鳴ると私は頷き、コーナーから背を向けた。
ゆっくりと二人の空間が重なった。瞬間、相手が飛び込むように左右のフックを私めがけ打ってきた。私はガードを固め、ロープの方まで下がった。しかし私はその後、回り込むことをせず、その場で固まってしまった。
「硬すぎる!動いてジャブからボクシングをするんだ。」
マイクの声に反応するように手を出した私のジャブは、相手の空間にただ線を残しただけだった。
リラックス、、、ガードヲアゲル、、、アイテヲヨクミル、、、ボックス、、、ジャブ、、、すべては身体の中からではなく、リングを離れた、ーーあの行きに見た雨雲ーーの中、に私の意志を感じた。
(遠いな、、、)
私の出したパンチ、伸ばした手、それはいずれにも届かなかった。
硬い私の不用意な動きが、相手にチャンスを与えてしまった。ジャブに対して、オーソドックスの右のカウンターを、上がってしまっている私の顎に合わされてしまった。世界が右へと弧を描き沈んでいった。間近で見たキャンバスは海のようだった。
ダメージはさほどなかった。流れるように足も滑らせてしまったためだ。カウントギリギリになって、深呼吸をし、ゆっくりと立ち上がった。そしてマイクをいちべつした時、私はただ呆然としてしまった。マイクは手を振り試合を止めるよう審判に求めていた。
この試合で私は、彼が求めていたものを何一つ見せることができなかった。落胆を通した彼の瞳は、私を見、期待できるものを感じる姿ではなかったのかもしれない。怒りの感情はそこにはなかった。そこには悲しみに似た、切なさがあった。
私は初のアマの試合をした。それは事実である。だがあれは私の真実ではない。雨雲に隠れたもう一人の私。あの時感じた無の世界。あれらはいったい何だったのだろう?結局、答えは見つからなかった。しかし、それでも何かを得たとするならば、それは私がこの時、ようやくスタートラインに立ったのだ。ということなのだろう。
あの雨雲の向こう側でも陽は沈んでいたのだろうか?
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