vol.15
飄々(ひょうひょう)と、、、微笑む |
|
先日行われた東日本新人王決勝戦において、八王子中屋ジムからライト級の荒川仁人が2−1のスプリットデシジョンによって、東日本新人王となった。彼はこの後、12月18日に行われる全日本に向けてトレーニングをすぐに開始するのだろう。
私はこの試合を見ることはできなかったのだが、知人達の話によればかなりの打ち合いの中、精根尽きての勝利であったと聞く。KO以前、ディフェンス意識の高いはずの彼がそこまで打たれたのであれば、相手の実力も決勝に相応しいものであった、と読み取れる。 彼のプロの試合を初めて生で見たのは、準々決勝のときだった。固さを感じたが、それがディフェンス意識の強さであるとも感じた。試合はというとカウンター気味に入った左フック一発で1ラウンドにレフェリーストップとなった。試合後彼に話しかけると、 「相手を見てたんだけど、うまく当たっちゃった。」 と、あっけらかんとしていたものであった。確かに相手が崩れた瞬間の彼の表情はその言葉、そのものであったのを記憶している。 私は彼なら決勝でも勝つと信じていたし、試合後もその飄々とした態度でインタビューに答えるものと思っていた。試合はその通りとなったが、試合後の彼の姿は私が想像していたものとは違った。勝利者として彼の名が呼ばれたとき、彼は人目もはばからず涙があふれ、号泣した。私はそれを知ったとき、 「あの仁人がなあ、、、」 と、一人呟いていた。そう、あの仁人が、、、そう思うと同時に目にも胸にも自分の中で熱いものを感じざるをえなかった。 彼の性格はまさに”飄々”としている。 何か執着というものを見せず、周りの流れにとけ込み、また何ものにもとらわれない。子供らしくもあり、年齢の枠にははまらない、人間的というよりむしろ、水や、空気、より自然的な存在だった。それは、彼が幼少のときから、そして久しぶりにあった今年の春も変わることがなかった。 彼は変わってはいなかった。幼少の頃から、(性格も髪型も,多分服装も、、)それは私と彼をつないでいた私の弟、玄太にも言えることだったかもしれない。 仁人は幼なじみであり、私の弟の友人でもあった。彼等は同い年で、近所に住んでいたこともあり、かなりの時間を過ごしていたように思う。私の持つ彼の思い出は、私がいて、彼がいて、そして弟がいる時間であった。 幼少の頃、私は弟の玄太と、ゲームの順番で揉めていたことが常にあった。テレビの前ではゲームの対戦相手を待つ仁人がいた。時に私たちの争いは激しくなり、罵り合っている。そんなとき気づけば彼は決まって、マンガを読んだり、笑いながら私たちを見たり、要するに私たちに譲っていたのだ。それは、外で遊ぶときも、何かを選ぶときも同じであった。 自分の年上という立場が恥ずかしくなるくらい、彼は周りに優しく、そして自由であった。 彼等、仁人と玄太は特別な空間そして時間を共用していた関係であった、と思う。あるいは親友同士と呼んでもよいかもしれない。しかし実のところ、二人の時間がどのようなものであるのかを、私は知らないのだ。 私達の側を離れたのは仁人が始めだった。彼は伊豆へ、私達も八王子へその後と引っ越し、仁人と玄太は分かれた場所で住むようになった。それでも彼等の関係は続いていたようだ。 たまに仁人が私達の家に遊びにきていた。私が高校からもどってきて、玄関に見慣れない靴があるのに気づいたが、リビングには誰もいない、二階の弟の部屋からも話し声などは聞こえなかった。 私は制服を着替えた後,弟の部屋に誰かきているのか、と聞こうと思い弟の部屋に入ると、そこには静かにマンガを読んでいる彼等の姿があった。 私は、「だれもきていないと思った。」というと、玄太は明らかに不機嫌に、かってに入ってくるなという顔をしていた。いやむしろ邪魔をするなと訴えていたのかもしれない。 仁人はそんなときも決まって、笑顔だった。そんなことが何度かあった。そしていつも静かだった。 思えば、彼等の間において、会話というものはあまり存在しなかった(実際には私が知らないだけか、、)、ように感じる。それは、昔も、今も変わることがないように思える。 しかし私は、玄太の中から仁人という人間を知ることもあったし、また仁人の中から、弟の良さも知らされることも少なくなかった。彼はきっと私よりも弟を理解し、大切に思っている。そう感じたのは間違いではないはずだ。人は一生のうちにそんな相手を強く求め、しかし獲得しがたい世界に生きている。彼等において、言葉はそれほど重要ではなかったようだ。 そう遠くはない過去の記憶、そして最後に別れた日、今までの彼は一貫して”飄々”としていた、少なくとも私の中では。 そんな彼が、、、、、と、感じたのは、彼を応援にきた多くの者が感じたことでもあったのではないか、それは彼を昔から知るものも、また今だけを知るものも、、、、彼は変わってはいないのだ、人と接することにおいては。 「これに、おごることなく、日々精進いたしますので今後も応援よろしくお願いいたします」 インタビューの中で彼はそう語ったのだという。(仁人らしいな、)と、思いつつその姿を想像する。 次に会う頃は彼も、弟も、そして私にも何らかの変化が訪れるのだろうか、、、また変わることはないのだろうか、、、 私が再びNYに戻るとき、飄々と、笑顔で言った仁人の別れの言葉が思い出される。 「今度一生君が帰ってくるとき、俺ボクシングしてるか、辞めてるか分かんないけど、まあ、元気でね。」 もし、あの別れが決勝の後でも彼は同じことを言えただろうか。
(文と写真:中屋 一生)
お読みになった感想をissei45456@hotmail.comまでお聞かせ下さい。 |