vol.16
ジムの風景
 私は今、NY、ブルックリンのマンハッタン島から対岸沿いにあるグリーソンズジムというボクシングジムに通っている。
 この地区は10数年ほど前は決して安全とは呼べない工場地帯、5年ほど前まではソーホーやチェルシーなどから家賃の値上がりとともに移動してきたアーティスト達のアートスペースになり、そして今この地区はパワービジネスマン達の住む高級住宅街へと移り変わり始めている。
 アートの匂いが未だ強く残り、工場もあることはある。しかしもはやブルックリンブリッジやマンハッタンブリッジの袂にあるこのDUMBO(ダンボ、Down Under the Manhattan Bridge Overpassの略)はその安全と引き換えに財を持たないアーティスト、ブルーカラー達が残れる場所では無くなってしまった。NYでは交通の便の良さや、そのアパート、スペースの広さ以上に、安全性がより重要であるのだ。
 グリーソンズジムはそんな場所の中心にある。今はまだ多くの周りのビルが工事中でありそこで働くコンストラクターが昼にもなればビルから吐き出され、路上でランチを食べる姿は、かつての景色がまだそこにあるように見える。
 しかし後1年、または数年経てばその風景はどれほど変わるだろう、その時このジムはまだここにあるのだろうか。

   ジムの扉を開けば、他のスポーツジムとは違う空気を感じる。ビルの二階に位置するこのジムはしかしどこか地下の雰囲気を持っている。
 面積約1115平方メートル、天井4、3メートル程あるこのワンフロアー、私はその広大さに自由を感じ、そして後に知るジムの歴史に深さを感じた。
 窓から伸びる日の光はジムの全てを包み込むことはできない。もし私がキャンパスにこの風景を描くのなら、その大部分を淡く染めるだろう。彼等、彼女等がトレーニングをする場所は淡いのだ。
 真新しい器具などはない。鏡もロッカールームも床も壁も、ジムとともに年を取っていき、充実した設備だとは思わない。きれいな場所ではない。しかし、

   それでよいのだ、と私は思う。

   ここにはまだ人の手の感触がある、人の手垢があるのだ。だから、もはや傷のないところなどはないのだろう。
 事務室の中や周りに飾られた写真からは見る者に圧倒的な説得力を持ってジムの歴史を物語る。今このジムの、どの選手が次の一枚を飾るのだろう、あるいはこの写真達を眺めている小さな少年達かもしれない。

 私がこのジムにはじめて訪れた時、感じたであろう歴史の深さとは、散りばめられた写真の中に写る過去の偉大な王者達などではなく、多くの名もないファイター達の汗でしみ込み、削られたあの床や壁に触れてしまった、その瞬間だったのかもしれない。

   ■グリーソンズジム HP http://www.gleasonsgym.net/
   ■DUMBO HP http://www.dumbo-newyork.com/  

               (文と写真:中屋 一生)



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