vol.19
ジムの風景 ---The Art of Training 〔1〕--- |
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先日のアマチュアの試合について話し合っていた時、マイクは言った。 「このジムには多くのトレーナーがいて、それぞれに経験を持っている。中には中継がある大きな世界戦も沢山、セコンドとしてついているヤツだっている。でも俺はいいセコンドがいいトレーナーだとは思わない。それはまた別なんだ。」 その話を聞いていて私はふと、このジムに初めて来た頃や、慣れ始めた頃をのことを思い出していた。 私の私感からでは、ジムにおける常識は米国と日本とでは少々、基準というものが違うのだろうと感じていた。そしてそれはボクサー達からよりも、むしろトレーナー達から感じていたことだったかもしれない。 昨年まで世界王者だったビビアン-ハリスというボクサーが、2、3年前、試合1週間直前にコーラを飲んでいたのを見て度肝を抜かれたことがあった。彼はS−ライト級の中では180センチと背が高く、決して減量が楽だとは思えなかったからだ。 いや、もしも仮に減量苦が少ないとしてもコーラを自分のトレーナーの前や、ジムの中で飲んでいるという行為が私には信じられなかったのだ。(ジムにコーラが売っていることが既に信じがたい。) (嘘だろ、ビビアン-ハリス、、、) 私の呟きなど構いもせず彼はコーラを一気に飲み干した。彼への挑戦を果たせず引退した選手や、血尿まで出していた日本人の選手等が思い出された。 しかし、ハリスは変わった、私には変わったように映った。ある日、彼のトレーニングをする姿を見た。それは以前とは違い、真剣な眼差しをしていた。連れてきていた自分の子供達にも「練習中だからあっち行ってろ。」と言っていたのを見たときは、携帯を肩と耳に挟み、話しながらサンドバックをしていた姿がむしろ懐かしく感じさせた。それが一年程前だったと思う、今、彼はどうしているだろうか、負けて以来、一度しか彼の姿を見ていない。 その同じ一年程前、それ以上に私の常識を覆したのは彼よりもトレーナーや彼の周りにいる人間達だった。ハリスが苦しそうに腹筋をしている隣で、皆がデリバリーのピザを食べ始めた。 私は開口した。別に腹が減っていた訳ではない、(減っていたのはハリスの方だ。)彼の足を押さえていたトレーナーまでが、押さえながら食べ始めたからだ。そしてハリスもそれに対し、何を言う訳でもない、黙々と腹筋を続ける、、、その姿に私の常識というものはかろうじて繋ぎ止められた。 それでも私が持つ常識等、このジムにおいてはまるで意味を待たないものであると思わされるばかりであった。 ドミノというゲームがある。トランプに似たプラスチックの駒を使ったもので、よくトレーナー達がテーブルを囲んでやっている。金も時には賭けているようだ。彼等のジムにいる時間は長い、朝から晩までいるトレーナーもいる、合間に気晴らしも必要だろうしかし、である。それが自分のファイターが来ていて、練習をしているにもかかわらず、ゲームを続けるのはいかがなものか? ある選手がスパーリングを始めた。彼のトレーナーはゲームをしながらグローブをはめさせ、またそのゲームをしながら指示を出していた。 その選手が酷く打たれていた時、そのトレーナーもそれどころではなかったようだ、彼のゲームもピンチを迎えていた。そして賭けに負けたようだ、そのトレーナーは憤怒の中、自分の選手を怒鳴っていた。彼の怒りはゲームのために、それとも選手のために、おそらくその両方だと思う。選手に彼の声は届いただろうか、、、 と、このように書き続けているのは、やはり自分の中でどうしてもそれらの行為が受け入れがたい、そのためなのかもしれない。彼等が全てでないのは分かっている、しかし、僅かな時間を惜しんで、残りの一滴、後一歩でもと目指すものに対し、にじり寄ろうとする姿勢、その日本にはあったものがこの場所では感じられなかった、しかし日本にあったものがまた全てではないのだ、とこの場所に来て、それを見て気付されたのも確かなのだが、、、 そしてなにより忘れてはならないのは食べる、ゲームをする、また怒鳴るそのトレーナー達は一度リングでセコンドに立つと、経験とキャリアによって、見事に仕事をやり遂げる。そこがこの世界では最も必要なことで、その事実が、私を悩ませた。 私は彼等にボクシング以外の、それ以上を求めてしまっているのかもしれない。 -―――続く
(文と写真:中屋 一生)
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