vol.20
to next age 〜スポーツライター 杉浦大介〜

 スポーツライターはアメリカにおいて一つの憧れの職業と呼ばれている。全米各地へ、または世界各国へ取材という名の下、アリーナ、スタジアムそして更にその奥にある、(ファンの入ることの許されない)ロッカールムへと彼等、彼女等は足を踏み入れることができる。

 それはまさにスポーツをプレーもの、観るものにとって夢のような仕事であるのかもしれない。ある歌手は、ある政治家はスポーツライターの夢をあきらめ,現在の職についた、と書かれた文を読んだ覚えがある。このスポーツという、一年を通じ止むことのない雨に曝され生きてきた人々はそこに希望を見いだし、またはときに失望を感じ成長してきたとも言える。
 現在、アメリカのスポーツ選手(特に4大スポーツ)達の存在はコートを超えたものになり、ファンとの距離は今日、私達が座っている場から、彼等の立つコート以上に離れてしまった感さえある。そんな彼等と私達を繋いでいたのはテレビや新聞であり、彼等のようなライターではなかったか、、、。

 自由と責任において彼等の仕事は緊張感を保つことができるのかもしれない。自由とは彼等の行動とその範囲であり、責任とは私達に対するものである。
 私は米国のスポーツの中でバスケットを最も好み、中学の頃からテレビを見て、雑誌を読み選手を知った。それが私の知りうる情報源であり、それが全てであった。ライターの書いたものが事実とは異なっていたとしても、私にとってはそれが事実となった。
 彼等は自分が描いたものが多くの人々の絵にもなる、ということを背中に感じペンを走らせなければならないのだ。(本来、私達は更に正しい部分を見る”目”を持たなければならない。特に情報があふれすぎている今に置いて)

 NYの中で私の知人の一人にそんな世界に生きる一人の男がいた。


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 杉浦大介。30歳、東京で育ち、大学を卒業後NYへ語学留学生として渡米。いくつかのアルバイトを経て、現在フリーランスとして、主に野球、バスケ、ボクシングなどを雑誌、Webなどで執筆を提供している。彼は言う。
「いろいろとやってきた中で、これかなっていうのはあったね。自分がうまく、一番ハングリーにやっていけそうなのがこれかなっていうのはね。」
 今の仕事にたどり着くまで、杉浦は様々なことを経験し、考えてきたなかでスポーツライターというものを選んだ。NYでの昔の生活を彼は文章の中でこう語る。

 ―――ライターを志してNYにまで飛び出してきたは良いが、何の実績も無い若造に仕事など取れるはずがない。言葉はまともに喋れない。コネクションもない。渡米前に貯めてきた金などあっという間に使い果たしてしまった。
 そんなわけで、ミッドタウンにある日本食レストランに頼み込み、ウェイターのアルバイトをしながら毎日の生活費を稼いでいたのである。
光明の欠片もない、先の見えない日々。
NY、勝手に殴れ 『ジャミール・マクラインのこと』

 それでも彼は僅かではあるが執筆の機会の中、腕を磨いていった。
「当時は(プロとしての意識)薄かったね。自分を紹介されるときでも「スポーツライターの杉浦さんです。」っていわれても、それで食っていっていた訳じゃないし、、、」

 プロとしてその腕一つで生活できていないということに焦りはなかった。自分は今、ライターとして歩んでいるその途中なのだからと思えていたからだ。それでも、時にバイト先で偶然合ってしまった現場の人間の、自分に対するその表情に悔しさを感じない日もまたなかった。
 彼は自分を信じる以上に回りに自分を示さなければならなかった。そう、プロであり、フリーランスであり、そしてそこに目指すものがある以上は。

 仕事は徐々に増えていった。書くということ以外の努力も怠らなかったからだ。 チャンスは杉浦にも訪れた、そして彼にはにはそれを掴む力があった。
 今、彼の生活はその腕一本により支えられている。
「この仕事がレールには乗ったとは思うんだ、ただこのレールがどのくらい続いているのかは全く分からないんだけどね。」

 プロフェッショナルを語る上で彼等は忘れてはならぬことがある。それはアマチュアには決して超えられてはならないということだ。アマにはなし得ない絶対的な存在でなければならない。そしてアマには”自分を追求することのみ”が許されるのに対し、プロはそれだけでは許されないということだ。
 杉浦は自分に、また選手に、プロというものに何を求めているのだろう、、、
  「プロには見ているものを楽しませる義務があると思う。アマにもそれを求める部分はあるけど、まぁ、自分が楽しければ見ている人たちも楽しいでしょ、そうだねプロには楽しむ、楽しませる意識を持ってほしいな。自分に対して?そうだねぇ、まず最低限、締め切りを守るっていうのはあるかなぁ。」

 プロの中でも特別な存在である者達がスター、スーパースターなのだと、そしてその上に在る者がヒーローなのだと彼は言う。彼はそれをNY、メッツの投手、ペドロマルチネスに感じた。
 「ペドロが投げているとき、内野のスプリンクラーが破裂したんだよね。それで球場が水浸しになっちゃってね。そのことではないんだけどね、そこでペドロマルチネスがどうしたかっていうと、そのスプリンクラーの周りを跳ね回って遊んでいたというね、試合ではないんだけどそのシーンがすごいと思ったね。
 なんというか、極限状態の中でね、そんなことができてしまうのがね、まぁ、それを見た人たちは彼のこと一生忘れないと思うしね。」
 そしてその瞬間、彼は自分の求めるものも同時に垣間みる。
 「俺は極限状態の中で余裕がある人はすごいと思うんだよね。その極限状態の中で余裕のある人こそが、その状態で力を出せる人でもあるんだよね。」
 見る側から、伝える側へ、時に杉浦はその間で苦悩したこともあったろう。しかし彼はなおも書き続ける、、、、。

 仕事仲間のライター、眞田薫は杉浦の文をこう語る。
 「うまいと思う、杉浦節ってゆうのがあると思うよ。(どんなところが?)ロマンチストなんだよね彼。文体を変えていてもそれが見え隠れしてる、そこじゃないかなぁ。」
 同じくライターの鈴木千恵も言う、
 「感性が女性的な部分がある、それでもインタビューの時なんかは気負わないし、なんか飄々としてる。」
 「選手も書けないことは言わないんだよね。基本的に彼等が(インタビューの中で)喋ることは全部書いていいんだ。」

 そしてまた杉浦はこうも言った、選手と記者の互いの尊敬が確かな真実を生むのだ、と。相手が何者かであるように、自分もまた相手にとって何者かであることが必要で、またそうでなければ真実には近づけないのだ。
 「書いた対象に喜んでもらえるときが一番うれしいよね。書いた相手を傷つけるようなモノなら書かない方がましだと思ってるし。」

 しかし杉浦は実際、その恐れがある瞬間を迎え、ペンが止まってしまったことがあった。障害者のことについて書こうとしたとき、彼は自分の力不足を感じ、現時点の自分ではまだ書くべきではないと思ったのだ。
 「ネガティブなことを、その対象を傷つけないで書こうと思ったら、それはすごく大変なことなんだよね。」
 人はそれぞれにモノの見方、捉え方、または考え方に違いがあり、そのためときに人は,モノはあるいは文は己の持つ本来の意味から離れた存在になってしまうこともある。彼にはまだ時間が必要だったのか、、、。

 杉浦は自分がプロとして自覚し、成るに従い、失ってゆくものもまたあるのだ、と感じている。
 「俺自身、プロである半面、ファンである部分もなくしたくはないなぁ。その部分をなくしたら、本当に意味が、何も意味がないから、、、、でも、、」

 でも?

「それが、難しいんだよなぁ、今」

               (文と写真:中屋 一生)

■ NY在住スポーツライター、杉浦大介氏のブログ Nowhere, now here.
■ 杉浦大介氏が「NY、勝手に殴れ!」を連載中 Talk is Cheap




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