vol.28
ジムの風景 ---変わらぬ笑顔---
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3月1日、NYの34ストリートと11アベニューの角に位置するナイトクラブ「コパカバナ」では、ゴールデン-グローブスのためフロアの中心にリングがおかれた。この大会はNYにある市民会館や学校の体育館、そしてこの日のようなナイトクラブで大会が行われる。 やはりその中でもナイトクラブはその薄暗い雰囲気とギラつくほどの照明そしてアルコールが試合を試合をする者、観る者にある種の高揚感を持たせ、(たとえこれがアマチュアの試合であろうと)ボクシングというもの(あるいはスポーツというもの)がこの国の人々にとって一夜を過ごすための"ショー"であるのだ、と私にまた気付かせるのだ。 |
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試合開始のゴングが鳴ると、ロニカはリングを左回りに半周し、相手に近づくと肩で一度フェイントをかけ、ジャブを出した。そのジャブは相手に届くことはなかったが、ロニカと相手の距離を示すものになった。 相手は白人でロニカより5センチ程高く、長い黒髪を持ち、右構えで左手を前に突き出し、体も少し前傾姿勢をとっている変則的な構えだった。 長い距離は相手のものかもしれないな、と私は思った。 互いに様子を見合っているうちに1ラウンドを告げるゴングが鳴った。 ロニカはコーナーに戻り、マイクの声を頷きながら聞いていた。 この試合の勝者は後に行われるナショナルトーナメントへの出場権が得られることになっている。そのためだろうか、マイクはこの穏やかなラウンドで唯一の大声を出していた。 その姿は私にこの試合は難しいものになるのかもしれないな、と思わせた。 3月1日、冷たく乾いた空気の中、私は小走りにジムへと向かっていた。外はまだ明るく、日が落ちるのが段々と遅くなっていることに気がついた。 ジムに着くとマイクが「外に行くぞ。」と私を急がせた。上って来たばかりの階段をまた降りながら 「マイク、どうした?ロニカは来ているの?」と聞くと、 「後ろ見ろ、後ろ。」と言い、そこには今日の試合をする彼のボクサー、ロニカがすぐ私の後ろにいた。 「ハーイ、イッセイ。」 といつものように声をかけてきた。顔が少し疲れているようにも見えたのは減量で食事を抑えているためだろう、アマチュアは当日計量だ。 外に出ると誰かが車で会場まで送ってくれるのだということをマイクが行った。 待つ間に私達はホームレスに声をかけられた(私は一度、NYの地下鉄でホームレスと間違われたことがある。服か?汚い服装がいけなかったのか?)。そんな彼を気にもせず、数分後フランクというNYのアマチュア役員をしているジムのトレーナーが車に乗ってやって来た。 そこにマイクとロニカそして私が乗り込み、5時15分頃私達はジムを出た。 今日はこの彼女の、ロニカ-ジェフリーの試合の日であった。 |
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1回はどちらかといえばロニカは相手の距離の中で試合をしていた。続く二回、ロニカはいかにしてその距離を埋めるだろうか。 2回の始まりのゴングが鳴った。立ち上がりはそれほど動きはなかったが、次第にロニカのサイドに踏んでいたステップが出入りへと変わっていった。相手の懐にジャブで入り込み、右ストレート、左フックとパンチを連続で打ち始めた。 相手も最初はかわしていた。ここまで彼女達のスピードにそこまでに違いはなかった。違いがあったとすればロニカの方がより小回りが効き、パンチのコンビネーションがスムーズであった。 体格の差から時に相手のパンチにぐらつくことが僅かにあったが(試合後聞いた話では相手は本来は132パウンドの選手で、この125パウンドには一階級落として出場していたらしい。)、相手のパンチが見えているようで、ロニカはほとんどパンチをもらうことがなかった。 ロニカの返しのフックが相手の顔、右側面を捉え始めた。 それでも2回が終わっった時点では彼女達の間に明確な差はなかった。私はロニカが負ける可能性など少しも考えていなかったが、この時、僅かでもそれを想像しなかったかと言えば嘘になるだろう。 私はこの日もビデオカメラをまわしていた。天井が低いため照明がリングに近く、私はそのリングに狭さを感じていた。 ロニカ-ジェフリー、アフリカン-アメリカンの現在23歳、彼女は3年前にエクササイズ的に始めたボクシングであったが、ハートの強さと、アグレッシブルさでその後の去年のゴールデン-グローブス、彼女は勝ち進み、注目されナショナルランクに入っていた相手選手を尻目に見事な判定で優勝をした。決勝の判定の瞬間、自分の名がコールされるとロニカは喜びを爆発させた。 そんな彼女も試合前、プレッシャーに押しつぶされそうになり涙を流したこともあった。しかし彼女はそれを拭い前を見ることで、それ自体の価値をも高めていった。 車に揺られ、目を閉じていたロニカの頬にはうっすらと涙の跡、、、、、は別になかったが、その経験で得た強さを思わせる程の落ち着きを私にみせた。 その表情の向こう側では雲一つない、すっきりとした空があった。 車の中は暖房がかかっていたため外の寒さを感じることはなかった(時に暖房やクーラーなどは私達から季節を奪う、もはや私達に記憶に残る程の夏の暑さ、冬の寒さを感じることはできぬのだろうか?)。 ロニカはまだ目を閉じている。 |
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3回の最初に出したロニカのパンチが相手を捉えた、鋭いジャブだった。 言ってしまえばこのジャブがこの試合の行方を決定づけたと言ってもよいだろう。ロニカにはまだ一段、またはそれ以上ののギアがあったのだ、相手は全く反応できていなかった。 考えてみればロニカはそれほど当てようとしたジャブを今まで打ってはいなかった、打たなかったのだ。彼女は試合を組み立てていた。 ジャブが当たるとその後のパンチもほとんど当たるようになった、ワン、ツーそして左フックと。相手は次第に後退していった。 ロニカが相手を詰め連打を打つ、相手が手を出すとロニカはバックステップでそれをかわし、また相手を詰める、そんな試合展開になり始めた。そしてそれがロニカの距離だった。 試合は今、より明確なものへとなっていった。 控え室ではこの日試合を行う女子の選手達が既に多く集まっていた。私達は大きな食堂でもあるこの控え室の端に座った。 周りには同じグリーソンズから来ている選手も多くいた。 彼女達はハグをかわし合い、計量の時間がくるまで笑顔で話し合っていた。 (彼女達の誰かは今日その話し相手と試合をするかもしれないのに、何故こうも笑顔で話し合えるのだろう。) それはあるいは試合のプレッシャーを忘れたいがための行為だったのかもしれない。男子とは明らかに違う空気がそこにはあった。私はその光景に雰囲気に馴染めず、居づらさを覚えた。 「あら、あなたも選手?試合前に写真撮影を先に済ましてね。」 係のおばさんが私を女子選手と間違え声をかけて来た。私の髪は長く後ろに束ね、マフラーで口を覆っていたため、彼女は間違えたのだろう。それだけ多くの女子選手がこの控え室にはいた。隣に座っていたかわいらしい髪の長い金髪の少女はクスクスと笑っていた。私も苦笑いを含めながら笑顔を返した。彼女もやはり今日試合をするのだろうか。 その係のおばさんが大きな声でこれから計量が始まるから男は外に出て終わるのを待つようにと言った。 私は控え室を出て、入って来た会場の裏口付近へと向かうとそこには先に外に出ていたマイクがいた。イライラとしているのが分かった。 「見たかあの雰囲気?アイツ等何しにここに来てるんだ。おい、見てみろよ」 そう言いマイクが向けた視線の先にはトイレがあり、女子選手達が行き来をしていた。 「怖がってるんだ。ロニカも最初はあんなだったかもな。でも今は違うだろ?彼女は今までの経験から学んだんだ。怖がるのはもう、遅いよ。」 |
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最終回、ロニカは手数を更に増やし相手を何度も追いつめた。しかし決して無理には攻めず、絶えず相手の動きを見ていた。 ロニカの左フックはジャブが出始めた頃から更に相手にダメージを与えた。 もしもロニカにボクシングの才能があるとするならば、それを示すものの一つにこの左フックがあげられるかもしれない。彼女の左フックは"出す"のではなく、"出る"のだ。時に、相手を攻め、時に、自らを守るために。 互いにスタミナはまだ充分にあるようだった。よく練習してきているのだと思う。 彼女達は最後までボクシングの質を落とすことなく戦いきった。 終了のゴングが鳴ると彼女達は抱き合い、お互い相手のコーナーに行き、言葉を交わした。 ヘッドギアとグローブをとり、彼女達は結果を待った。 ポイントの計算が長引いているようで、中々結果が発表されない。私は不安を覚えたが、ロニカは勝つために必要なことを相手よりも多くこなしていたと思う。 相手は1、2回にとれていた距離を保つことができなかった。理由の一つに彼女のジャブがロニカには当たらないためだろう。そしてリズムというものが一度としてとれていなかったと感じる。距離とリズム、ロニカはそれを回を追うごとに自分のものにしていった。 長く感じたが実際は5分程だったかもしれない、ようやく彼女達はリング中央に呼ばれ、審判に腕をとられた。 「勝者、ゴールドコーナー、ロニカ-ジェフリー。」 ロニカは自分の名が呼ばれると、再び相手と抱き合い、リングを降りた。 その勝利を彼女は静かな笑みで受け取った。リングのエプロンで彼女は記者のインタビューを受けていた。 ビデオカメラに写るロニカの顔には傷跡はほぼ何もなかった。 私がそのことを知ったのは試合後だった。 ロニカはこの日、体調が悪く万全ではなかったらしい。マイクが何故、あんなに叫んでいたのかがそれで分かった。 確かにいつもと比べると終止相手を長く見ていた印象があったが、去年の彼女の姿から今が想像できただろうか?彼女はボクサーへとなってゆく。 とにかく、彼女は勝ち、そして3月6日から始まるUSチャンピオンシップ-トーナメントに出場することになった。場所はコロラド、スプリング、チームNYの一員として彼女は進む。 今、彼女はこの広い全米で一体どの位置にいるのだろうか? 一ヶ月前の2月6日に行われた、イーストサイドのチャンピオンシップでロニカは決勝で全米1位の選手相手に3−2のわずかな差で判定負けをしている。 「3年前はもうパンパンで、こんな感じだ。」 マイクは行きの車の中でそう言い、アップ、と息をホッペタにためた。太っていたと言いたいようだ(マイクが太っている)。 「違うわよ!何よ、この嘘つき!」 ロニカは笑顔でそう言った、その笑顔だけは3年前と変わらない。 もう彼女が何をしても私は驚きはしない。
(文と写真:中屋 一生)
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