vol.30
ジムの風景 --- 会 話 ---

 先日、ブロンクスのロングウッドでゴールデン-グローブスの準決勝が行われた。私は定時に仕事を終え、足早に会場へと向かった。外はまだ冷たさの残る緩やかな風が吹いていた。
 一時間程して会場に私は着き、入り口で入場料の値段を聞いた。すると20ドルと受付の男は言う,五ドル程いつもと比べ値が張っているなと思ったが、中に入ってその理由が分かった。
 会場は公民館のような場所を使っていて、そこではポップコーンやフライ、ホットドッグ、そしてジュースなどが売られていた。そして会場の端にはDJのブースが設けられていて、パナマハットを被った、褐色のDJがリズムのよいブラックミュージックを流していた。プロのリングアナなどの姿も見え、その雰囲気からこの次が決勝なのだなと感じさせた。これらのものにどうやら私達の入場料が使われているようだ。
 会場を見渡すと、知っている顔がちらほらと見える。そしてその中にはナショナルの試合から戻ってきたロニカの姿もあった。

 ナショナルトーナメントはナショナルランキングを決めるもので、勝ち進むとともにランキングも上がっていく。ロニカは初のこのトーナメントを駆け抜けた。
 彼女は一回戦、クォーターファイナル、セミファイナルを勝ち、とうとうナンバーワンを決める決勝まで駒を進めた。その決勝の相手は現在ランク一位、世界では四位とされている、メリッサ-ロバーツだった。つまりイースタンのリージョントーナメントで戦い、惜しくも負けた相手との雪辱戦となったのだ。
 その試合、ロニカは果敢に攻めるも、相手の巧みな動きを追いきれずに21−18の判定でまたも敗れた。
 ウェスの試合のためコネチカットに来ていたマイクは最初その知らせを彼女からではなく、NYチームのセコンドから聞いたらしい。彼女は自分が負けることにひどく臆病なんだ、とマイクは言っていた。
「それでもすごいじゃないか。」と、マイクに言うと、「いや、負けたんだ、一位じゃないと意味はないよ。」などと言いながらも、彼の顔からは笑みがこぼれていた。
 ロニカは次の週ジムに戻ってきた。私はマイクに「おめでとう,といってもいいのかな?」と聞くと、「もちろんだ。」と答え、私はロニカにそう言い、彼女も「ありがとう。」と笑顔で言い、私達はお互いをハグしあった。
 そして彼女はこの日から新たにNYのゴールデン-グローブスのための練習を開始した。ロニカとマイクがミットを行っている、そこには何ら特別なものなどなかったが、聞き手と伝え手がより深い部分で会話をしているのだと私に強く感じさせ、その姿は彼と彼女の次を描いているようだった。

 3月24日、この準決勝にマイクの姿はなかった。彼はNYのアップステイト、ローチェスターで行われるアポロの約一年ぶりの試合の計量のためだった。私はマイクが発つ前に言った。
「試合の結果は心配してないけども、試合ができるかの方が心配だよ。」
「大丈夫、今回は大丈夫だ。」
 その声の響きから、確かに今回はできそうなのだなと感じさせる明るさがあった。

 そのためロニカはナショナルトーナメント同様、マイク抜きで試合をすることになった。はたしてマイクがいないときのロニカはどのような動きをするのだろう、、、私はそんなことを考えながら彼女の試合を待った。

 ロニカの試合はこの日、4番目で、彼女のセコンドには同じジムのトレーナー達がついていた。
 1回のゴングが鳴るとロニカはすぐに相手を圧倒した。ジャブで相手を弾き、フックの連打、そして前回の私の見た試合では出さなかったアッパーを随所で好打した。ロニカのパンチはよく当たっていたが彼女から無理には攻めないため、試合は最終第4回まできた。
 しかしそこでレフェリーが何やら両手を振っている。何かを告げられたロニカが喜んでいる姿を見て彼女がどうやら勝ったというのだけは理解できた。その後、リングアナにより相手の棄権によるロニカのTKO勝ちだとコールされた。
 彼女の相手のコーナーはナショナルでのロニカの結果を戦う前に既に知っていたのだろう、勝負はその時点でついていたのかもしれない。リングに向かう前の相手の表情がそれを物語っていた。

   第3試合が終わりに近づく頃、私はロニカの姿を確認しようと、次の試合に出る選手が控える、パイプ椅子が並べられたリングサイドの最後尾に目を移した。そこにいたのは緊張よりも恐れに近い表情を浮かべ、忙しなく体を動かすロニカの相手とそのセコンド達だけだった。
 ロニカはどうしたのだろう?そう思った直後、彼女が出てきた。どうやら直前まで控え室に通じる扉の後ろで待機していたようだった。
 私は試合後のロニカにそのことを尋ねた。
「だってマイクが試合前に相手と話すなっ、て言ってたから。」
 確かに前回に見た試合の時にも、男子と比べ女子は試合前の控え室、試合直前に喋りすぎているのではないかと思わせる場面を多く目撃した。そしてマイクはそれを激しく嫌い、罵倒していた。
「よくマイクの言うことを聞いているね。ナショナルでのロニカの姿が想像できるよ。」
「うん、全部マイクが言った通りにやっているだけよ。」
 彼女のその受け答えには、まだ危うさは含まれてはいない素直さがあった。

  ―――終わり

               (文と写真:中屋 一生)




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