vol.33
ジムの風景 ---2度目の決勝---
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4月6、7日の二夜に分けMSG−シアターでゴールデングローブスの決勝が行われた。そこには準決を勝ち残ったグリーソンズジムからも多くの選手が出場し、ロニカはナショナルトーナメントのシルバーメダリストの勲章を持ち、この決勝に臨んだ。 ロニカとマイクそして今日はもう一人、セコンドにハリーが彼等の隣にいた。ハリーはマイクがボクサーの頃からの仲間で、今もグリーソンズで共にトレーナーをやっている。 彼等は入場口の前に置いてあるパイプ椅子に座っていた。マイクとハリーはリングで行われている試合を観たり何かを話しながら、しかし表情を変えることなく集中していた。ロニカはフロアを見つめるように目を斜めに落としていた。その先に何を見ていたのだろう。 リングにロニカが立った。両手をロープにかけ屈伸をし、マイクと話しをしている。相手はジョディ-アン-ウェラーというロニカよりも3〜4センチ程高い、同じ黒人だった。緊張が彼女の表情を硬くさせていた。 襲いかかるようにロニカはゴングが鳴ると同時に飛び出した。右ストレートをボディに打ち、そして左のフックを顔面にめがけ荒々しく振った。相手はかろうじてクリーンヒットは避けたが受けたそのパンチに、いや、そのロニカの姿に対し完全に萎縮をしてしまったようだ。 その後もロニカは激しく体を左右に揺すりフックを放ち相手に休む、思考させる時間を与えなかった。そして一方的な展開のまま第1ラウンド終了のゴングが鳴った。 私はロニカのこのラウンドを見て最初どうしたことだ、と思っていた。あまりにも荒々しく、冷静さが少しも見られなかったからだ。最近の数試合とはあまりにも違う試合展開に私は戸惑っていた。 しかし同時にその激しく獰猛なロニカの姿を見ていて、私は彼女の昔の姿を思い出していた。 |
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去年もこのリングにロニカは立っていた。あの時の彼女はまだ何者でもないただ一人の女性ボクサーにすぎなかった。 そんな彼女の相手はモーリーン-シェファーというナショナルランクに入るボクサーだった。彼女は”ミリオン-ダラー-ベイビー”に主演していたヒラリー-スワンクのスパーリング-パートナーとして認知され、その決勝でも多くの観客、マスコミから注目されていた。 試合は予想通りロニカにとっては完璧なアウェー状態となった。シェファーは大声援を背に入場して来た。しかしリング中央に立つ二人の顔には共に固さが見えた。形は違うにしろプレッシャーはロニカにもそしてシェファーにもかかっていたのだ。この試合はそのプレッシャーに押しつぶされた者が敗北するのだと、私に感じさせた。 ロニカはその試合、まるで野生の獣のようだった。 シェファーにボクシングをさせず、乱打戦に持ち込んだ。圧倒的な手数と、気迫で常にシェファーを上回り、試合は結果を判定に託すことになった。 しかしこの試合はシェファーのための試合であると言ってもよかった。そこに一つのシナリオが描かれていたとすれば、時にそのようなシナリオは真実をねじ曲げる力さえもある、ということを私達は知ってた。だから勝利はどちらの手に受け渡されるかは誰にも分からなかったのだ。 「勝者、ブルーコーナー、ロニカ-ジェフリー!」 レフェリーに手を挙げられたロニカはそれを振りほどくように喜びを爆発させた。シェファーは静かに敗北を受け入れ、ロニカを讃えた。 それはロニカが何者かになった瞬間でもあった。 |
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次の第2ラウンド、ロニカは第1ラウンドとは全く違うスタイルで動き始めた。ジャブを突き、足を使いだした。相手はロニカが続けて前に出てくると思っていたのだろう、この動きに対処できずにいた。 混乱している相手をよそにロニカは冷静にジャブを突き続けた。そしてスキを見ては相手のボディに左右のフックを打ち第2ラウンドを終えた。 マイクはコーナーに戻って来たロニカに「いいぞ!次はボディだ、、、」と、語るようにロニカの目を見て次のラウンドの指示を与え、彼女も頷いた。 その第3ラウンド、ロニカは指示通りジャブを出しながら距離を詰め、相手の脇腹めがけパンチを無数に打った。相手がコーナーに詰まりロニカのパンチを浴び続けたところでレフェリーはスタンディングダウンをとった。ファイティングポーズをかろうじてとる相手の姿に力は無く、その後もロニカのパンチを受けたところで相手はゴングが鳴り生き延びた。 最終ラウンド、ロニカは再び相手を襲う。ジャブをフックをアッパーを放ち、右のストレートで相手をぐらつかせる。ラウンド中盤に2度目のスタンディングダウンを奪い、もうストップしてもよいのではないかと私には思えたが試合は再開された。 その後もロニカは手を緩めること無くパンチを出したが、KO寸前のところで最終回を終えるゴングが鳴った。 「勝者、ゴールドコーナー、ロニカ-ジェフリー!」 去年と同じようにロニカはこの日の勝者となった。何か違うものがあったとするならば、それは喜びを緩やかな笑顔で表すロニカがそこにはいて、奇しくも彼女の相手のコーナーにはプロに移ったシェファーがセコンドとしてついていた、ということだった。 |
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「あれは作戦だったんだ。」 翌日のジムの中で、マイクはロニカの試合についてそう言った。激しく出た第1ラウンド、ジャブを使った次のラウンド、ボディを狙った第3ラウンドそして再び攻めた最終ラウンドも、つまり試合を組み立てたのだ。 あの決勝でも手数と、スタミナに全てをゆだねる試合がまだ多く、ストラテジーを感じさせる試合はほぼオープンの試合のみだった。 「いつその作戦を考えたんだい?」 マイクはニヤリと笑い答える。 「入場するときの相手の顔を見てな。」 その時、相手の固さを読み取ったようだ。そして今のロニカにはそれができるスタミナとテクニックそして精神的な強さが身に付いていたのだ。 あのロニカの試合の後、私はマイクの姿を探したが見つけることができなかった。後で聞いたところではあの日マイクは風邪を引いていたため試合後すぐに帰ってしまった、とい言っていた。 私はそれを聞いて(もう彼等にとってMSGのシアターでは小さいのかな、、)と感じた。 そしてそれはマイクやロニカが次のレベルへ向かっていることを示していた。私は彼等の試合を情熱を持って常に見ていたし、あの日もそれは一緒だった。 私はそこに、取り残されたような寂しさを少し感じなくもなかった。 ロニカはこの決勝で勝ったことで、予定されていた5月の中旬から6月の始めまでの間、チームUSAの一人としてアルゼンチンで行われるアマチュア強化合宿に参加する。 ロニカのそしてマイクの情熱はNYを、全米を超え、世界に向かいだした。 ―――終わり
(文と写真:中屋 一生)
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