vol.34
ビビアン”ビシャス”ハリスの4月8日

 私は4月8日に行われた、メイウェザー対ザブ-ジュダーの試合をミッドタウンの某スポーツバーで二人の友人と観戦した。
 序盤、ジュダーの鋭いステップからのワンツーが試合を有利に進めた。しかしジュダーの動きがそれのみであり、危険な物はサウスポースタイルからの左ストレートだけだとメイウェザーは見切ると、中盤以降はボディを攻め、特に右のボディブローでジュダーのダメージを蓄積させた。そしてジュダーの疲労、左のタイミングも完全に見切った6回以降は逆にメイウェザーは自分の右ストレートを連発し完全に流れを支配した。
 10回にジュダーが意図的にも見えるローブローそして(これは私には意図的には見えなかった。)後頭部へのフックをメイウェザーに打ち、それに対しセコンドに着いていた叔父のロジャー-メイウェザーが激怒し、リングに入りジュダーに詰め寄ろうとしたところで、今度はジュダーのコーナーから彼の父,ヨエル-ジュダーが入って来てしまい、両陣営、警備員、オフィシャルなどが入り乱れる大乱闘に発展した。
 驚いたのはその乱闘以上にその後、試合が再開されたことだった。過去にも試合中の乱闘などを見たことはあったが、何事も無かったかのごとく再開されたのは初めてではないだろうか。
 その後の2ラウンド、ジュダーは既に試合を諦め、メイウェザーもとどめを刺そうとはせず、時間だけが過ぎていった。
 結果は3−0の判定によるメイウェザーの勝利で終わった。
 その10回以降、テレビの画面に映る二人の、もはやさほど意味など無いリングの上の戦いから私の心は離れていた。
 私はこの日、昼にジムで見たビビアン-ハリスの後ろ姿を思い出していた、、、

 ビビアン-ハリスは去年の6月下旬にメイウェザー-ガッティ戦のアンダーカードとしてNJ、アトランティックシティのリングで自らが持つWBAスーパーライト級タイトルの防衛戦を行った。その試合前日の記者会見でハリスはメイウェザーに対し、
「もし自分がナンバ−1だと思うなら、俺のように海外で防衛戦をし、俺のような体格のヤツとやってから言うんだな、、、」
 ハリスは3度の防衛戦で2度ドイツで防衛を重ねていた。そしてライト級から上がってチャンピオンになったガッティではなく、ナチュラルのスーパーライトの選手、つまり自分と試合をしろと挑発したのだ。
 しかしその試合、ハリスは過去であったことのない奇妙な動きをする挑戦者、カルロス-マルサにまさかの7ラウンドKO負けを喫してしまう。
 もしこの試合にハリスが勝っていれば、彼には間違いなく永く自分が望んでいたビッグマッチが待っていた。同階級王者にはWBOのミゲール-コット、IBFのリッキー-ハットンそして同日に試合をした、メイウェザーまたはガッティのWBC勝者との統一戦が控えていたであろうからだ。実際、マルサはハットンとその後、統一戦を行った。そしてメイウェザーはガッティを下しWBCの王者となった。

 ジュダーに対しても何らかの思いはあるはずだった。同じジムで主にトレーニングをしていはいたが、知名度は常にジュダーが上回り、ファイトマネーでもコンスタントにビッグファイトを行うジュダーと比べれば遥かに開きがあった。  トレーニングを朝から昼にかけての時間で終わらせるハリスは夕方頃来るジュダーと時間が重なることはほとんどない、しかし彼もジュダーの練習嫌いは知っていたはずだ。彼は自分のトレーニングの中で何を思っていただろう、、、

 その二人がラスベガスで世界的に注目され、10億をも超えるファイトマネーを稼ぐタイトルマッチを行う、その日の昼下がり、ハリスはNYのグリーソンズジムで写真撮影を行っていた。
 スーツで身を包み、見事着こなしていた彼は様々なポーズをとっては写真のフラッシュを浴びていた。
 この日はゴールデングローブスの決勝の次の日ということもありトレーニングをしている人の数も少なく、とても静かだった。
 私とマイクはロニカの試合のことや今夜の試合のことなどを話していた。そして休憩中のハリスにマイクが、「決まってるじゃないか。」と言うと彼は「センクス。」と笑顔で答え、後ろにあったサンドバックをジャブ、ジャブ、ストレートと軽く打ち始めた。
「ヘイ、後ろは向くなよ。」
 マイクが付け足すようにハリスに言った。彼の背中には大きな洗濯バサミが数個スーツをしぼるようにして留められていた。細身で背の高い彼には用意していた物が幾らか大きすぎたようだ。
 ジムが和やかな笑いで包まれた。照れるようにそれは言うなよ、と笑いながらパンチを打ち続けるハリス、しかし再びジムが静まり返った瞬間、彼の顔が恐い程に冷たくなった。
 私はマイクに呟いた、
「勝たなきゃ、ダメなんだよね、、、」
「ああ、、」
 マイクもそれ以上何も語らない、

   ハリスのストレートで揺れるサンドバッグの音がギシッ、ギシッ、と空しくジムに 響いた、、、

―――終わり

               (文と写真:中屋 一生)




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