vol.37
その価値は
 ある日、私の日本人の友人がNJからブルックリンに引っ越すためアパートを探していた時のことだ。彼は中々良い所が見つからない、と漏らしていた。
 彼は私よりも一つ年下の26歳で、子供はいなかったが、フィリピン系アメリカ人の彼女と昨年結婚し、家庭というものをすでに持っていた。
 そのため、マンハッタン内で働いている奥さんの交通や安全、給料などを考えると、贅沢な生活とは無縁の彼等でも希望通りのアパートを探すのは困難なようだった。
 私は彼にそれでも二人とも働いているのだから、と思っていたが、彼の話しでは奥さんは卒業した大学の頃の授業料を今、自分で払っているらしいのだ。そして彼女が大学に入学したときの話しをしてくれた。
「アイツ、大学に入った時に親戚のおじさんから1500ドル近く入学祝いをもらったのに、全部寄付しちゃったらしいんだよね、俺、アイツらしいなって思ったよ。」

 そして笑いながら言った。
「で、今はその借金を返してるんだ。」
「しかも、1ドルでも安いアパートを探している、と、」
 今度は二人で笑った。
 私も彼女とは何度も会ったことがあった。素朴だが、優しく丁寧で、柔らかの物腰だが人としての強さを持っているのを感じた。そしてこれは彼にも共通することなのだが、彼等は決して大げさにものを語ることがなかった。彼女の大学のことも私が聞かなければ彼は話しはしなかっただろう。彼等はそんな人間だった。
  「結婚してから、彼女をさらに知って、もっと好きになていく。」
 と彼は言う。彼女の方はどうだろう?などとは聞き返しはしなかったが、彼の言葉は私が会う度に彼等に感じることと同じものだった。

   私の知りうる、いかにも彼等らしいという話しがここにある。
 ある日、彼が道を歩いていた時にあるチャリティー団体の人間に呼び止められたことがあった。聞く所によると、その団体では毎月、幾らかの寄付をすることで中南米の貧しい子供の授業料を助けられるのだ、と言う。彼はその夜、アパートに戻ると彼女にそれを行いたいと告げると、
「もちろん!」
 と、笑顔で答え、彼等は1年の寄付を申し込んだ。
 有名な俳優や歌手、あるいはスポーツ選手達が大きな災害や、貧しい人々に多額の寄付をしたり、または財団などを作ることがある。それはとても素晴らしいことで、私達には到底できることではないと思っていた。しかし、そんな成功者の多額の寄付と彼等の様な生活者の小額の寄付、、、値段は桁違いであっても価値に開きなどあっただろうか?

 5月の中頃の先週、彼等は望んでいた安全で交通の便が良く、きれいなアパートを見つけたらしく、6月にブルックリンへ引っ越してくるようだ。その際には私も是非、手伝いたいと思っている。
「値段だけ希望よりも少し高かったんだけどね。」と、彼は笑いながら言った。

 彼等は現在もガテマラとエクアドルにいる子供達二人に毎月45ドルを送り続けている。

―――終わり

               (文と写真:中屋 一生)



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